第6回:中小企業で働く価値を知る
目次
前回の振り返り:「居がい」から「評価能力」へ
これまで私たちは、二宮厚美先生が発見された「生きがいの三つの源泉」のうち、「行きがい」(目標・目的の追求)と「居がい」(共感・応答関係)について学んできました。
そして今回は、第三の源泉:評価能力の向上について、中小企業の社会的存在意義という観点から深く掘り下げていきます。
この「評価能力」は、働く人が自分の会社と仕事の価値を正しく理解できるかどうかという、働きがいの根幹に関わる重要な能力です。
日本経済を支える中小企業の真実
まず、私たちが働く中小企業の実態について、データで確認してみましょう。
圧倒的な存在感:日本企業の99.7%が中小企業
中小企業庁の最新データ(2024年版中小企業白書)によると
• 企業数:336万4,891社(全体の99.7%)
• 従業者数:3,309万8,442人(全体の69.7%)
• 大企業:わずか0.3%(約1万社)
つまり、日本で働く10人のうち7人が中小企業で働いているのです。
テレビCMが作る「錯覚」
ところが、多くの人は「大企業が日本経済の主流」だと思い込んでいます。なぜでしょうか?
テレビのコマーシャルに大企業ばかりが出てくるからです。
トヨタ、ソニー、資生堂、ソフトバンク…確かに知名度は高いですが、これらの企業で働く人は、実は日本の働く人全体のごく一部なのです。
私たちの生活を本当に支えているのは
• 町の建築工事会社
• 地域の製造業
• 身近なサービス業
• 専門技術を持つ小さな会社
こうした名前の知られていない中小企業なのです。
大企業と中小企業:役割の違い
日本の産業構造は、かつての垂直統合型(大企業が全てを抱える)から、水平分業型(専門性を活かした分業)へと変化しています。
大企業の役割
• ブランド力を活かした市場開拓
• 大規模な資本投資
• グローバル戦略の展開
• 最終製品の企画・販売
中小企業の役割
• 高度な専門技術の提供
• きめ細かな顧客対応
• 柔軟で迅速な意思決定
• 地域密着のサービス
この役割分担によって、日本は世界トップクラスの品質とサービスを実現しているのです。
ヨーロッパ小企業憲章と日本の中小企業憲章
ヨーロッパの先進事例
2000年、EU(ヨーロッパ連合)理事会は「ヨーロッパ小企業憲章」を採択しました。
この憲章は「小企業はヨーロッパ経済の背骨(backbone)である」という力強い言葉で始まっています。
ヨーロッパでは、中小企業を単なる「大企業の下請け」ではなく、「経済の基幹を支える存在」として明確に位置づけているのです。
日本の中小企業憲章
この流れを受けて、日本でも2010年6月18日に「中小企業憲章」が閣議決定されました。
「中小企業は、経済を牽引する力であり、社会の主役である。」
この憲章では、以下の重要な方針が示されています。
• 政府が中核となり、国の総力を挙げて中小企業を支援する
• 中小企業の個性や可能性を存分に伸ばす
• どんな問題も中小企業の立場で考える
つまり、国策として中小企業の価値を認め、支援していくことが明文化されたのです。
働きがいの違い:大企業vs中小企業
実は、大企業と中小企業では「働きがい」の性質が根本的に異なります。
大企業の働きがい
• ブランド力による誇り:「○○会社の社員です」と言える
• 安定性:雇用や収入の安定
• 規模感:大きなプロジェクトに関われる達成感
中小企業の働きがい
• 直接的な貢献実感:自分の仕事の成果が直接見える
• お客様との距離:「ありがとう」の声を直接聞ける
• 成長実感:会社の成長と自分の成長を重ね合わせられる
• 専門性の発揮:得意分野で「この人でなければ」という存在になれる
二宮先生の理論で言えば、中小企業は「居がい」と「評価能力」を育みやすい環境にあるのです。
中小企業ならではの「選択の自由」
日本に336万社ある中小企業。これは336万通りの会社理念、風土、働き方があるということです。
多様性こそが強み
【製造業でも様々】
• 伝統技術を守る老舗企業
• 最新技術を追求するベンチャー
• 環境配慮を重視する会社
• 職人の技を大切にする企業
【サービス業でも多彩】
• 地域密着を重視する会社
• 専門性を追求する企業
• 働き方改革を実践する会社
• 社員の成長を第一に考える企業
自分に合った会社を見つけやすい
大企業は数が限られているため、「会社に自分を合わせる」ことが多くなります。
しかし中小企業は数が多いので、「自分の価値観に合う会社を選ぶ」ことができるのです。
会社の理念と方針を学ぶ重要性
ここで、二宮先生の「評価能力」の概念に戻ります。
同じ中小企業で働いていても、その会社の存在意義や社会的価値を深く理解している人とそうでない人では、働きがいに大きな差が生まれます。
【事例1:小さな部品メーカーでの気づき】
従業員30人の精密部品メーカーA社。新入社員の田中さんは最初、「小さな部品を作るだけの会社」だと思っていました。
しかし、入社3か月後の勉強会で学んだのは、
• 自社の部品が人工衛星に使用されていること
• 世界でも数社しか作れない高精度技術を持っていること
• その技術が宇宙開発に貢献していること
• 創業者が戦後復興期から技術を磨き続けてきた歴史
「僕は宇宙開発に携わっているんだ!」
田中さんの仕事に対する見方は一変しました。
【事例2:地域密着型サービス業での発見】
クリーニング店チェーンを経営するB社(5店舗、従業員20人)。パート社員の佐藤さんは、ただ「服をきれいにする仕事」だと思っていました。
ところが、社長が開催した「私たちの社会的意義」勉強会で知ったのは、
• 高齢者の身だしなみを支えることで、外出する意欲を高めている
• 忙しい共働き家庭の家事負担を軽減している
• 冠婚葬祭の大切な場面で、人々の「きちんとした姿」をサポートしている
• 衣類を長持ちさせることで、環境保護にも貢献している
「私たちは人々の人生の大切な場面を支えているんだ」
佐藤さんは、同じ仕事でも格段に高い誇りを持てるようになりました。
自社に対する評価能力を高める5つの方法
1. 会社の歴史と創業理念を学ぶ
• なぜこの会社が生まれたのか?
• 創業者はどんな想いを持っていたのか?
• どのような困難を乗り越えてきたのか?
2. 業界での自社の位置づけを知る
• この業界で自社はどんな特徴を持っているか?
• 他社にはない強みは何か?
• お客様が自社を選ぶ理由は何か?
3. 社会に与えている影響を具体的に学ぶ
• 自社の商品・サービスは誰の役に立っているか?
• どのような社会問題の解決に貢献しているか?
• もしこの会社がなくなったら何が困るか?
4. 技術や専門性の価値を深く理解する
• 自社の技術はどれくらい高度なものか?
• その技術を身につけるのにどれくらい時間がかかるか?
• その専門性は市場でどう評価されているか?
5. お客様の声を定期的に聞く
• 直接感謝の言葉をいただいた経験
• クレームから改善につながった事例
• 長年お付き合いいただいているお客様の声
経営者が実践すべき「評価能力向上」の取り組み
月1回の「自社価値勉強会」
【実践例:建設会社C社】
毎月第2金曜日の終業後30分間、「自社価値勉強会」を開催。
• 第1回:「建設業の社会的使命」
• 第2回:「当社の技術力と他社との違い」
• 第3回:「お客様からの感謝の声を聞く」
• 第4回:「地域社会への貢献を振り返る」
社員の皆さんからは「同じ仕事でも意味が全然違って見える」という声が続々と上がっています。
「お客様見学ツアー」の実施
【実践例:部品メーカーD社】
年2回、自社の部品がどのように使われているかを実際に見に行くツアーを実施。
工場で毎日小さな部品を作っている社員が、それが組み込まれた完成品(自動車、家電など)が店頭に並んでいる様子や、実際に使われている現場を見学します。
「自分たちの仕事がこんな風に役立っているなんて!」という驚きと感動で、仕事への誇りが大きく向上しました。
学習が生み出す働きがいの好循環
社員の「評価能力」が向上すると、以下のような好循環が生まれます
① 自社の価値を深く理解する ↓
② 仕事への誇りと愛着が生まれる ↓
③ 品質やサービス向上への意欲が高まる ↓
④ お客様満足度が向上する ↓
⑤ 会社の評判と業績が向上する ↓
⑥ 社員の誇りがさらに高まる
この循環こそが、中小企業の持続的成長の原動力なのです。
大企業にはない中小企業の魅力
経営者との距離の近さ
社長が一人ひとりの名前を知っていて、直接話ができる環境。
意思決定の速さ
「やってみよう」と思ったことが翌日には実行できる機動力。
専門性の発揮
「この分野なら○○さんに聞けば大丈夫」という、かけがえのない存在になれる環境。
成長の実感
会社の成長と自分の成長を重ね合わせて感じられる達成感。
お客様との直接的なつながり
「ありがとう」の声を直接聞ける、温かい人間関係。
まとめ:中小企業で働く価値を再発見しよう
日本経済の99.7%を支え、働く人の約70%が所属する中小企業。
その社会的価値と存在意義は、決して大企業に劣るものではありません。むしろ、働く人にとっての「生きがい」「働きがい」という点では、中小企業ならではの優れた環境があるのです。
大切なのは、働く私たち自身が、その価値を正しく理解し、誇りを持つことです。
二宮先生が説かれた「評価能力」を高めることで、同じ会社、同じ仕事でも、全く違った意味と価値を発見できます。
経営者の皆さまへ
ぜひ社員の皆さんと一緒に、以下のような対話の時間を作ってください。
「私たちの会社は、どのような価値を社会に提供していると思いますか?」 「この仕事がなくなったら、誰がどのように困ると思いますか?」
「お客様は、なぜ私たちの会社を選んでくださるのでしょうか?」 「私たちの技術や専門性の価値を、どのように表現できるでしょうか?」
そして、その答えを一緒に深く掘り下げていく。学び合う時間を持つ。
そんな積み重ねが、社員一人ひとりの「評価能力」を高め、働きがいのある職場を作り上げていくのです。
中小企業で働くことの価値と誇りを、社員の皆さんと共有していきましょう。
私たちは日本経済の主役なのですから。
【参考】中小企業憲章 前文
中小企業は、経済を牽引する力であり、社会の主役である。
常に時代の先駆けとして積極果敢に挑戦を続け、多くの就業機会を創り出し、個人の価値観の多様化や消費者ニーズの高度化に対応した、きめ細かな商品・サービスを提供している。
とりわけ、製品の高付加価値化や生産プロセスの改善等によるイノベーションの推進、技術・技能の継承、地域社会の雇用や文化の担い手として重要な機能を果たしている。
我が国経済の活性化を図り、21世紀型の発展を実現するためには、経済社会の多様性と厚みを増すとともに、自立と責任ある発展を支える中小企業の力が不可欠である。
政府が中核となり、国の総力を挙げて、中小企業の持つ個性や可能性を存分に伸ばし、自立する中小企業を励まし、困っている中小企業を支え、そして、どんな問題も中小企業の立場で考えていく。
(平成22年6月18日 閣議決定)
次回は、これまで学んできた「生きがいの三つの源泉」を総合して、中小企業だからこそ実現できる理想的な職場づくりについて考えてみたいと思います。
社員の皆さんが心から「この会社で働けて良かった」と感じられる経営を目指して、ぜひ次回もお読みください!
監修者

宮澤 博
税理士・行政書士
税理士法人共同会計社 代表社員税理士
行政書士法人リーガルイースト 代表社員行政書士
長野県出身。お客様のご相談に乗って36年余り。法人や個人を問わず、ご相談には親身に寄り添い、 お客様の人生の将来を見据えた最適な解決策をご提案してきました。長年積み重ねてきた経験とノウハウを活かした手法は、 他に類例のないものと他士業からも一目置くほど。皆様が安心して暮らせるようお役に立ちます。
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