第8回:人間らしい働き方とは何か
目次
前回の振り返り:日本の労働観とZ世代
前回は、日本と欧米の労働観の根本的な違いについて学びました。
日本古来の「働く=傍(はた)を楽にする」という利他的な考え方と、欧米の「労働=神の罰」という概念の違い。そして、現代のZ世代が求めているのは、実は日本古来の「意味のある労働」に通じるものがあることを確認しました。
今回は、さらに根本に立ち返って、動物と人間の働き方の違いから「人間らしい労働」とは何かを考え、中小企業が実践すべき「共育」について探っていきたいと思います。
動物と人間の決定的な違い
二宮先生は、人間の労働を理解するために、まず動物の作業と人間の労働を比較することの重要性を指摘されています。
蜘蛛と建築師の違い
マルクスの有名な例を引用しながら、二宮先生はこう説明されています。
「蜘蛛は、織匠の作業にも似た作業をするし、蜜蜂はその蝋房の構造によって多くの人間の建築師を赤面させる。しかし、もともと、最悪の建築師でさえ最良の蜜蜂にまさっているというのは、建築師は蜜房を蝋で築く前にすでに頭のなかで築いているからである。」
つまり、どんなに下手な人間の建築師でも、蜜蜂の見事な巣作りに勝る点があります。それは、実際に作業を始める前に、頭の中で完成形をイメージできるということです。
3歳の子どもの絵が蜘蛛の巣に勝る理由
これをもっと身近な例で考えてみましょう。
3歳の子どもがクレヨンでドラえもんを描いたとします。それがどんなに下手くそな絵だったとしても、蜘蛛が作る美しい巣に勝る点があります。なぜでしょうか?
子どもには「ドラえもんを描こう」という目的があり、頭の中に描きたいイメージがあるからです。蜘蛛には、どんなに美しい巣を作っても、「こんな巣を作ろう」という設計図は頭の中にありません。
これが、人間と動物の根本的な違いなのです。
人間だけが持つ「未来を先取りする力」
二宮先生は、この人間独特の能力を「将来の結果の精神的先取り」と呼んでいます。
前頭葉の働き
この能力は、脳科学的に見ると、人間の額の上の方にある「前頭葉」の働きによるものです。
• 前頭葉が十分に発達しているのは人間だけ
• ネズミやネコには発達が見られず、猿でもわずかしか発達していない
• 人間では3~4歳頃から活発に活動し始める
「精神的その日暮らし」の危険性
もし前頭葉の働きが阻害されると、人間でも「精神的その日暮らし」の状態になってしまいます。
• 未来への希望を描けなくなる
• 将来への夢を持てなくなる
• その瞬間だけに生きる状態になる
• 前向きに生きていく姿勢を失う
現代社会で「指示待ち人間」や「目的を失った若者」が問題になるのも、この前頭葉の働きが十分に発揮できていないことと関係があるかもしれません。
人間らしい労働の二つの特徴
人間らしい労働には、動物の作業にはない二つの重要な特徴があります。
1. 合目的性(ごうもくてきせい)
合目的性とは、目的に向かって自分をコントロールする力のことです。
具体例で理解する合目的性 あなたが朝7時に起きて出社する時を考えてみてください。
• 「今日は大切な会議がある」という目的がある
• そのために「7時に起きなければ」という計画を立てる
• 眠くても布団から出るという自己制御をする
• 会議の準備をするという意志を働かせる
これが合目的性です。動物にはこの「自分で目的を設定し、そのために自分をコントロールする」ということができません。
嫌な仕事ほど合目的性が必要
二宮先生は、マルクスの言葉を引用してこう説明しています。
「合目的的な意志は、労働がそれ自身の内容とその実行の仕方とによって労働者を魅することが少なければ少ないほど、つまり労働者が労働を楽しむことが少なければ少ないほど、ますます必要になる。」
つまり、やりたくない仕事、つまらない仕事ほど、強い意志力が必要になるのです。これは誰もが経験することですね。
2. 合法則性(ごうほうそくせい)
合法則性とは、自然の法則や客観的な法則に従わなければならないということです。
わかりやすい合法則性の例
• 農業:土や水、気候の法則を無視しては作物は育たない
• 料理:火の通し方、調味料の配合には法則がある
• 建設:重力や材料の強度を考えないと建物は建たない
• 経営:市場の法則や人間関係の法則を無視しては会社は成り立たない
人間は自分の都合だけで働くことはできません。自然界や社会の法則を学び、それに従いながら働く必要があるのです。
「自由な労働」とは何か?
ここで重要な疑問が生まれます。
「合法則性があるなら、人間は法則に縛られて不自由なのではないか?」
この疑問に対して、二宮先生は明確に答えています。
必然性の中にある自由
人間は確かに自然の法則に従わなければなりません。しかし、その法則を理解し、利用することで、より大きな自由を手に入れることができるのです。
実践例で理解する「法則の利用」
【農業の例】
• 昔:天候に左右されるだけの農業
• 今:気象予報、品種改良、温室技術により、法則を利用した安定的な農業
【製造業の例】
• 昔:職人の勘と経験だけに頼った製造
• 今:科学的データに基づく品質管理により、安定した高品質の製品製造
【経営の例】
• 昔:社長の経験と勘だけの経営判断
• 今:市場データ、財務分析、人材科学を活用した科学的経営
このように、法則を理解し活用することで、人間はより自由になれるのです。
労働は遊びではない
二宮先生は、「自由な労働」について、こうも説明しています。
「真に自由な労働、たとえば作曲は、同時にまたまったく大変な真剣さ、はげしい努力の産物なのである。」
自由な労働とは、遊びのように楽しいだけのものではありません。目的を持ち、法則に従い、真剣に取り組むからこそ、真の満足感と自己実現が得られるのです。
現代の労働現場で失われているもの
では、現代の職場では何が問題になっているのでしょうか。
目的疎外の問題
二宮先生は、「目的を支配する者が成果を支配する」という重要な指摘をしています。
わかりやすい例で考える目的疎外
【例1:子どもの勉強】
• 親が目的を決める場合:「受験のために勉強しなさい」 → 子どもにとって勉強は「親のため」になり、身につかない
• 子ども自身が目的を持つ場合:「将来○○になりたいから勉強する」 → 勉強が「自分のため」になり、しっかり身につく
【例2:職場での仕事】
• 上司が一方的に目標を設定:「売上を110%にしろ」 → 社員にとって「上司のための数字達成」になり、やりがいを感じない
• 社員も参加して目標設定:「お客様により良いサービスを提供するために売上向上を目指そう」 → 社員にとって「自分たちの成長」になり、やりがいを感じる
シモーヌ・ヴェーユの警告
フランスの思想家シモーヌ・ヴェーユは、1930年代に自ら工場労働を体験し、こう警告しました。
「労働者は工場の中で、何物も思考によって所有することができない。労働者は彼の生産している物を知らない。従って自分が生産したという感情を持たず、ただ虚しく自分を消耗したという感じを持っている。」
これは現代の職場でも同じことが起きています。
現代版の「目的疎外」
• 自分の仕事が何の役に立っているかわからない
• 会社全体の方向性が見えない
• 単調な作業の繰り返しで達成感がない
• 上からの指示を実行するだけで創意工夫の余地がない
中小企業だからこそできる「人間らしい労働」
しかし、中小企業には大企業にはない大きな利点があります。
中小企業の強み
1. 経営者と社員の距離が近い
o 直接対話ができる
o 一人ひとりの顔が見える
o 個人的な関係を築きやすい
2. 仕事の全体像が見えやすい
o 自分の仕事がお客様にどう役立つかが分かる
o 会社全体の流れが理解しやすい
o 成果が目に見えやすい
3. 柔軟な組織運営
o 迅速な意思決定ができる
o 個人の特性を活かしやすい
o 新しい取り組みを始めやすい
中小企業で実践すべき「共育」とは
ここで重要になるのが「教育」ではなく「共育」という考え方です。
「教育」と「共育」の違い
従来の「教育」
• 上から下への一方的な知識伝達
• 教える人と教えられる人が固定
• 正解を覚えることが目的
• 受け身の学習
新しい「共育」
• 双方向の学び合い
• 立場を超えて互いに学ぶ
• 共に考え、共に成長することが目的
• 能動的な学習
「共育」の具体的な実践方法
1. 目的の共育
実践案:月例全体会議での目標共有
毎月の全体会議で、以下のような対話の時間を設けてはいかがでしょうか。
社長:「来月、私たちはどんなことを大切にして仕事をしたいですか?」 社員A:「お客様により丁寧な対応をしたいです」 社員B:「新しい技術を学んで、品質を向上させたいです」 社長:「素晴らしいですね。それを実現するために、会社としてどんな支援ができるか一緒に考えましょう」
このように、一方的に目標を与えるのではなく、共に目標を創り上げていくことが大切です。
2. 法則の共育
実践案:「なぜこうするのか」を共に学ぶ勉強会
【製造業の例】 「なぜこの温度で作業するのか?」「なぜこの手順なのか?」 科学的根拠や経験則を社員全員で学び、理解を深める
【サービス業の例】 「なぜこの接客方法が効果的なのか?」「お客様心理のメカニズムは?」 心理学や行動科学の観点から、接客の法則を共に探求する
【事務職の例】 「なぜこの書類が必要なのか?」「業務効率化のコツは?」 業務の意味と効率的な方法を、データを見ながら共に考える
3. 経験の共育
実践案:「失敗と成功の共有会」
月1回、以下のような共有の時間を設けることをお勧めします。
• 今月の失敗談:何がうまくいかなかったか、なぜそうなったか
• 今月の成功談:何がうまくいったか、どんな工夫をしたか
• 来月への活かし方:経験をどう次に生かすか
重要なのは、失敗を責めるのではなく、失敗から学ぶ姿勢です。
「共育」が生み出す好循環
「共育」を実践することで、以下のような好循環が生まれます。
① 社員が主体的に考えるようになる
↓ ② 仕事の意味と価値を理解する
↓ ③ 自分なりの工夫と改善を始める
↓ ④ 成果が向上し、達成感を得る
↓ ⑤ さらに学びたい、成長したいという意欲が高まる
↓ ⑥ 会社全体の活力と競争力が向上する
この循環こそが、人間らしい労働の実現につながるのです。
経営者が心がけるべき5つのポイント
1. 「なぜ」を共に考える時間を作る 作業手順や会社方針について、「なぜそうするのか」を社員と一緒に考える機会を定期的に設ける
2. 失敗を学習の機会として捉える ミスや失敗を責めるのではなく、「何を学べるか」「どう改善できるか」を共に考える
3. 社員の「気づき」を大切にする 現場で働く社員ならではの発見や提案を積極的に聞き、取り入れる
4. 仕事の全体像を共有する 自分の仕事が会社全体、社会全体の中でどんな意味を持つかを定期的に確認する
5. 成長の過程を共に喜ぶ 結果だけでなく、挑戦する過程や成長する姿勢を評価し、共に喜ぶ
Z世代との「共育」
前回学んだZ世代の特徴を踏まえると、「共育」のアプローチは特に効果的です。
Z世代が求めているもの
• 一方的に指示されるのではなく、対話を通じて共に考えたい
• 仕事の意味や価値を深く理解したい
• 自分なりの工夫や改善を認めてもらいたい
• 効率的で合理的な方法を追求したい
これらは、まさに「共育」の考え方と一致しています。
Z世代との共育実践案
実践案:「逆メンター制度」 Z世代の社員にも「先生」の役割を担ってもらってはいかがでしょうか
• IT関連:若い世代から学ぶデジタル技術
• 効率化:Z世代ならではの効率的な作業方法
• コミュニケーション:SNS時代のコミュニケーション術
• 感性:現代の消費者感覚や流行への理解
こうすることで、「教える・教えられる」の固定的な関係を超え、真の「共育」が実現できるでしょう。
まとめ:人間らしい働き方の実現に向けて
二宮先生の理論から学んだ「人間らしい労働」の本質をまとめてみましょう。。
人間らしい労働の3つの条件
1. 合目的性:自分で目的を設定し、そのために自分をコントロールする
2. 合法則性:客観的な法則を学び、それを活用して働く
3. 共育:仲間と共に学び、共に成長していく
この3つが揃った時、働くことは単なる「生活の手段」を超えて、「自己実現の場」「成長の機会」「社会貢献の手段」になります。
中小企業だからこそできること
大企業では難しい、中小企業ならではの「人間らしい労働」の実現。
• 顔の見える関係での目的の共有
• 現場に根ざした法則の学習
• 立場を超えた共育の実践
• 個人の特性を活かした成長支援
• 迅速な改善と挑戦の文化
動物と人間の違いを活かす
人間だけが持つ「未来を先取りする力」「目的を設定する力」「法則を学習する力」。
これらの能力を十分に発揮できる職場こそが、真に「人間らしい働き方」を実現できる職場なのです。
私たち中小企業の経営者には、この人間らしさを大切にした職場づくりに取り組む使命があります。
次回予告
次回は、人間だけが持つ「計画能力」について詳しく学んでいきたいと思います。二宮先生の理論から、なぜ人間には未来を設計する力があるのか、その能力をどう職場で活かしていけるかを探ります。
社員の皆さんが心から「この会社で働けて良かった」と感じられる経営を目指して、ぜひ次回もお読みください!
監修者

宮澤 博
税理士・行政書士
税理士法人共同会計社 代表社員税理士
行政書士法人リーガルイースト 代表社員行政書士
長野県出身。お客様のご相談に乗って36年余り。法人や個人を問わず、ご相談には親身に寄り添い、 お客様の人生の将来を見据えた最適な解決策をご提案してきました。長年積み重ねてきた経験とノウハウを活かした手法は、 他に類例のないものと他士業からも一目置くほど。皆様が安心して暮らせるようお役に立ちます。
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