第3回:社員の「未来を描く力」が
会社を変える

目次
前回の振り返り:生きがいの三つの源泉
前回、私たちは二宮厚美先生が発見された「生きがいの三つの源泉」について学びました。
- 豊かな目標・目的の追求(行きがい)
- 共感・応答関係に包まれた存在感(居がい)
- モノ・コトに対する評価能力の向上
今回は、この中でも特に①の「目標・目的の追求」に焦点を当て、中小企業における経営計画と社員さん個人の計画について考えてみたいと思います。
人間だけが持つ「未来を先取りする能力」
二宮先生の研究によると、人間には他の動物にはない特別な能力があります。それが「未来を先取りする能力」です。動物は目の前にぶら下がっている目的に立ち向かうことはできても、今ここに存在しないものをあらかじめ目的・課題として心に描き、そのための準備をしたり計画を練ったりすることはできません。
しかし人間は違います。「来年の春にはこんな桜を咲かせたい」と思って今から土作りを始めたり、「5年後にはこんな会社にしたい」と描いて今日から行動を起こしたりできるのです。
これは人間の前頭葉(額の上の方にある脳の部分)の働きによるもので、3〜4歳頃から活発に活動し始めるそうです。この能力があるからこそ、私たちは希望を持ち、計画を立て、生きがいを感じることができるのです。
ある町工場での出来事
私がかつて訪問した機械部品メーカーでの話をご紹介しましょう。
その会社の社長さんは、毎年春に「来年度計画発表会」を開いていました。でも最初は、社長が一方的に売上目標を発表し、各部署に数字を割り振るだけの会でした。
「営業部は前年比110%、製造部は原価率を3%下げること。以上!」
社員の皆さんは「はい、わかりました」と返事はするものの、どこか覇気がありません。与えられた数字をこなすだけの作業になってしまっていたのです。
ところが、ある年から社長はやり方を変えました。
「今度の計画は、みんなで一緒に作ろう。君たちは来年、どんな仕事をしてみたいんだ?」
すると、思いがけない声が次々と出てきました。
「新しい加工技術にチャレンジしてみたい」
「お客様からもっと喜ばれる製品を作りたい」
「後輩の育成に力を入れたい」
「品質をさらに向上させたい」
社員さん一人ひとりが、自分なりの「未来への希望」を語り始めたのです。
「目的を支配する者が成果を支配する」の教訓
二宮先生は重要な指摘をされています。
「目的を支配する者が成果を支配する」
つまり、仕事の目的や目標を誰が決めるかによって、その成果が誰のものになるかが決まってしまうということです。
上司が一方的に目標を設定し、部下がそれを実行するだけの関係では、部下にとってその仕事は「自分のもの」にはなりません。たとえ良い結果が出ても、「上司の指示通りにやっただけ」という感覚になってしまいます。
これでは働きがいも生きがいも生まれません。
他律的目的支配が生みだすもの
二宮先生は、目的が他人によって一方的に決められることを「目的疎外」と呼びました。この目的疎外には二つのパターンがあります。
- 直接的な目的支配:上司が部下に命令を下す場合
- 間接的な目的支配:競争圧力や外部環境が個人の生き方を拘束する場合
どちらの場合も、本人の自発的な意欲や創造性を損なってしまいます。
例えば、売上目標だけを押し付けられた営業マンは、数字は達成できても「お客様のために働いている」という実感を失ってしまうかもしれません。品質管理の担当者が「コスト削減しろ」とだけ言われ続けると、「良いものを作る」という本来の喜びを見失ってしまうかもしれません。
中小企業だからこそできる「希望の共有」
しかし、中小企業には大企業にはない大きな強みがあります。それは社員一人ひとりとの距離が近いことです。
先ほどの町工場の社長さんは、この強みを活かして「希望の共有」を実現しました。
会社の計画作成プロセス
- まず社員個人の「やってみたいこと」「成長したいこと」を聞く
- それらを会社全体の方向性と照らし合わせる
- 個人の希望と会社の目標を織り交ぜた計画を作る
- 定期的に進捗を確認し、必要に応じて修正する
社員個人の計画作成サポート
- 「3年後の自分はどうなっていたいか」を一緒に考える
- そのために今年、来年何をすべきかを話し合う
- 会社としてどんな支援ができるかを約束する
- 四半期ごとに振り返りの時間を設ける
会社のビジョンと個人の人生を重ね合わせる
ここで最も重要なのは、会社の目標(ビジョン)と個人の人生を重ね合わせて考えられる計画を作ることです。
これができると、二宮先生が説かれた「豊かな目標・目的の追求」が、まさにわが事として社員さんに感じられるようになります。
ある運送会社での実例
運送業を営むA社では、「地域に愛される運送会社になる」というビジョンを掲げていました。しかし最初は、社員にとって「社長の夢」でしかありませんでした。
そこで社長は、一人ひとりと面談を重ね、こんな質問をしました。
「あなたにとって、仕事を通じて実現したい人生とは何ですか?」
すると、あるドライバーさんがこう答えました。
「私には高校生の息子がいます。息子には『お父さんの仕事を誇りに思う』と言ってもらえるような仕事をしたいんです」
社長は気づきました。「地域に愛される会社」になることは、この社員さんにとって「息子に誇れる父親」になることと同じ意味を持つのだと。
それからこの会社では、「お客様から感謝の言葉をいただいた時は、必ず家族にも報告しよう」「地域の清掃活動に参加して、子どもたちに胸を張れる大人でいよう」といった取り組みが自然に生まれました。
会社のビジョンが、社員さん一人ひとりの人生の目標と重なり合った瞬間でした。
希望を失うことの怖さ
二宮先生は、未来への希望を失うことの深刻さについてこう警告されています。
「あらかじめ将来が決められてしまう、あらかじめ希望が奪われてしまうことほどつらいことはない」
実際、ナチスの強制収容所を体験したフランクルという心理学者は、「未来への希望を失った人から先に亡くなっていった」と証言しています。希望こそが人間の生命力の源なのです。
職場でも同じことが起こります。
「どうせ何を言っても変わらない」
「上の決めたことに従うだけ」
「自分の意見なんて求められていない」
こんな気持ちになった社員さんは、次第に活力を失い、指示待ち人間になってしまいます。
現場での実践例
ある印刷会社での取り組み
この会社では、年に2回「個人面談月間」を設けています。社長と社員が1対1で30分間、じっくりと話し合う時間です。
社長:「○○さんは、来年どんなことにチャレンジしてみたい?」
社員:「実は、お客様のデザインについてもっと提案できるようになりたいんです」
社長:「それは素晴らしい!どんな勉強が必要だと思う?」
社員:「デザインソフトの使い方と、色彩の知識を身につけたいです」
社長:「よし、研修費用は会社で出そう。君が成長すれば、お客様にも喜んでもらえるからね」
ある建設会社での工夫
毎月の朝礼で「今月の目標発表」の時間を作っています。各自が「今月はこれを頑張りたい」「こんなことにチャレンジしたい」と宣言し、月末に結果を報告します。
大切なのは、失敗を責めないこと。チャレンジしたこと自体を評価し、次にどう活かすかを一緒に考えることです。
経営者として大切にしたいポイント
1. 時間のゆとりを作る
目標を考えるには時間が必要です。日々の業務に追われるばかりでは、未来を描く余裕がありません。
2. 安心して話せる環境
「こんなことを言ったら笑われるだろうか」と思わせない雰囲気作りが大切です。
3. 個人と会社の目標を結びつける
社員の成長が会社の発展につながることを、具体的に示しましょう。
4. 小さな成功を積み重ねる
大きな目標も、小さなステップに分けることで達成しやすくなります。
5. 失敗を学習の機会にする
チャレンジには失敗がつきもの。それを責めるのではなく、次への糧にする文化を作りましょう。
まとめ:未来を描ける職場づくり
人間が人間らしく働くためには、「未来を先取りする能力」を十分に発揮できる環境が必要です。
それは、社員一人ひとりが自分なりの希望を持ち、それを実現するための計画を立て、仲間と共にその達成を目指していける職場です。
経営者の皆さまには、ぜひこんな質問を社員さんに投げかけてみていただきたいと思います。
「あなたは、来年の今頃、どんな自分になっていたいですか?」
「そのために、会社としてどんな支援ができるでしょうか?」
「一緒に計画を立ててみませんか?」
二宮先生が教えてくれた「未来を先取りする人間の能力」。これを社員教育と組織風土づくりに活かすことで、きっとあなたの会社にも新しい活力が生まれることでしょう。
次回は、もう一つの源泉である「居がい」について、中小企業ならではの人間関係の作り方を考えてみたいと思います。
社員の皆さんが希望に満ちて働ける会社づくりのために、ぜひ次回もお読みください!
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