第7回:「働く」ことの意味を問い直す

目次
生き甲斐の構造と人間発達を振り返って
これまで6回にわたり、神戸大学名誉教授・二宮厚美先生の『生きがいの構造と人間発達』から学んできました。
第1回では、「甲斐」という言葉の三つの意味(①価値・worth、②効果・effect、③応答・コミュニケーション)を確認し、働き甲斐とは単なる金銭報酬ではないことを学びました。
第2回では、二宮先生が発見された「生きがいの三つの源泉」について学び、第3回では「行きがい」(豊かな目標・目的の追求)について、第4回では「居がい」(共感・応答関係に包まれた存在感)について、第5回・6回では「評価能力の向上」について深く掘り下げてきました。
そして今回は、これらの理論の根底にある「働く」ことの本質的な意味を、日本と欧米の労働観の違いという視点から考え、現代の若者が求める働き甲斐について改めて問い直してみたいと思います。
「働く」という言葉に込められた日本人の心
二宮先生は、著書の中で労働の語源について詳しく説明されています。実は、「働く」という考え方には、日本と欧米で根本的な違いがあるのです。
日本語の「はたらく」の語源
日本では、「働く」は、「はたらく(傍楽)」と書いて、周囲(傍)の人を楽にする、楽しくするという意味があったと言われています。
本来、はたらくは、止まっていたものが急に動くことを表し、そこから体を動かす意味となった。そして労働の意味で用いられるのは鎌倉時代からで、この意味を表すために「人」と「動」を合わせて「働」という国字が作られたのです。
つまり、日本の「働く」という言葉には、もともと「周りの人を楽にしてあげる」「人のために尽くす」という利他的な意味が込められていたのです。
欧米の労働観:「神の罰」としての労働
一方、欧米の労働観は全く異なります。
欧米社会で広く共有される勤労観は「労働=神の罰」という考え方をベースにしていると言われています。
その起源は二つあります。
①ギリシャ神話 ゼウスは人間に対して大地を耕す労働を科し、食料を自ら作り出す以外に生きられない存在とした
②旧約聖書(アダムとエバの物語) 神はアダムに対して、地を耕し、そこから得られる食物を採る以外にないと宣告し、エバには苦しみをもって子を産む宿命を授けた
だからこそ、英単語「labor(labour)」やフランス語の「travail」、ドイツ語の「Arbeit」が、文脈によって、労働・勤労・出産・分娩・苦心・苦労…とコロコロと意味を変える多義語なのです。
特にフランス語の「travail」は、そもそも奴隷や反抗者に対する拷問の道具(ラテン語のtripalium)を起源とするという、日本人には想像もつかないほど苦痛に満ちた語源を持っています。
日本の神話との決定的な違い
日本神話に登場する天照大神(あまてらすおおみかみ)は、自ら機織り部屋で仕事をし、神田の稲を育てる存在です。神様自身が労働をする姿として描かれる点は、ギリシャ神話との明確な違いです。
つまり、日本では神様自身が労働をされる存在として描かれており、労働は神聖なものとして捉えられていたのです。
江戸時代に花開いた「職業倫理」の思想
この日本独特の労働観は、江戸時代にさらに洗練されました。
武士道と「職分」
江戸前期の儒学者・山鹿素行は「武士道」を「職分」と呼び、「三民(農・工・商)」に対する武士の責任の体系であるとしています。
石田梅岩の商人道
江戸中期に「石門心学」の始祖となった石田梅岩は、「商人の起源とは、どこかで余ったものを、足りないところへもっていき、お互いに補って役立てることにあった」と記しています。
つまり、江戸時代の日本では、どの階層においても「仕事とは社会の役に立つこと」という明確な理念があったのです。
この考え方こそが、二宮先生の説かれた「生きがいの三つの源泉」の根底にある思想なのです。
• 「行きがい」:自分の仕事を通じて社会に貢献するという目標・目的を持つこと
• 「居がい」:同じ職場で働く人たちとの共感・応答関係を大切にすること
• 「評価能力」:自分の仕事の社会的意義を深く理解すること
現代のZ世代が直面している「働くことの意味の混乱」
では、この日本独特の労働観を踏まえて、現代のZ世代の働き方を見てみましょう。
Z世代の労働観の特徴
最近の調査から、Z世代の労働観には以下のような特徴が見られます。
①プライベート重視
Z世代の方は、仕事よりもプライベートを重視する傾向にあります。最近の大学生調査では、人生において優先度の高い要素として「仕事」の順位が年々下がっており、代わりに「自分」「趣味」が増加していることから、自分の時間を大切にするという価値観を持っている。
②内発的動機の重視
いわゆる金銭や競争といったような外発的動機よりも、貢献・成長・やりがいといった内発的動機を重視する傾向が強い。
③転職への前向きな姿勢
他の世代と比べて、Z世代は仕事をすぐに辞める傾向にあると思います。いつでも再就職しやすい状況にあり、仕事を辞める決断が容易にできるようになりました。
Z世代が離職する理由
たとえば、数ヶ月前に仕事を辞めたZ世代の方がいたのですが、彼に仕事を辞めた理由を尋ねると「毎日9時に出社すること」に対して苦痛を感じていたようです。
「9時の出社が厳しい」という理由以外にも、「仕事量が多すぎる」「成長できない」などの理由で、Z世代の方は簡単に会社を辞めてしまいます。
なぜZ世代は「すぐ辞める」のか?
しかし、ここで重要なのは、彼らを単純に「根性がない」「甘えている」と批判するのではなく、その背景にある深い理由を理解することです。
Z世代が考える働き方への考え方を見ると、実は彼らが求めているのは
①公平公正な評価
特にZ世代は終身雇用や年功序列といった組織風土に不公平感を抱きやすく、自分が出した成果に公平公正な評価がなされないことにも不満が募りやすい。
②効率的な成長機会
今、Z世代が求めている働き方は、長時間労働によって成果を高める働き方ではなく、限られた時間の中で効率的に成果を出せるスキルを身につけられる働き方、職場です。
つまり、Z世代は決して「働くこと」自体を否定しているわけではないのです。
Z世代の本質:「働く意味」を求める世代
実は、Z世代の労働観をよく見ると、彼らは日本古来の「働く」という概念に立ち返ろうとしているのではないでしょうか。
Z世代が重視する価値観の再検討
いわゆる金銭や競争といったような外発的動機よりも、貢献・成長・やりがいといった内発的動機を重視する傾向が強いという特徴は、まさに「お金のためだけに働くのではなく、社会の役に立ちたい」という日本古来の労働観と合致しています。
Z世代は、自己成長できる職場で働きたいと考えています。たとえば、仕事をするうえで直接生かせるスキルや、将来に役立つ知識を習得できる職場かどうかなどという考え方も、「仕事を通じて自分を高め、より良いサービスを社会に提供したい」という前向きな動機から生まれています。
彼らが求めているのは「意味のある労働」
二宮先生の理論で解釈すると、Z世代が離職してしまう職場は
• 「行きがい」が欠如:明確な目標や成長の機会が示されていない
• 「居がい」が不足:上司や同僚との共感・応答関係が築けていない
• 「評価能力」が育たない:自分の仕事の社会的意義を学ぶ機会がない
逆に言えば、これらの「生きがいの三つの源泉」が満たされている職場では、Z世代も長く働き続けることができるはずです。
中小企業だからこそできるZ世代との向き合い方
では、中小企業の経営者として、どのようにZ世代と向き合っていけば良いのでしょうか。
1. 日本の労働観の価値を伝える
まず大切なのは、西洋的な「労働=苦役」という考え方に毒されることなく、日本古来の「働く=傍を楽にする」という美しい労働観を若者に伝えることです。
実践案:ある建設会社の取り組みから学ぶ
新入社員研修で「日本の『働く』という言葉の意味」について説明する時間を設けてはいかがでしょうか。
「皆さんが毎日行っている仕事は、西洋では『神の罰』とされてきました。でも日本では違います。『働く』とは『傍(はた)の人を楽にすること』。皆さんは毎日、誰かを幸せにする尊い仕事をしているんです」
このように伝えることで、Z世代の若者も「単なるお金稼ぎではない、もっと深い意味がある仕事なんだ」と理解してくれるようになるのではないでしょうか。
2. 「行きがい」を一緒に創る
Z世代は「与えられた目標をこなす」ことよりも「自分で目標を設定し、成長していく」ことを重視します。
実践案:IT企業での個人面談を参考に
月1回、30分間の1on1面談を実施してみてはいかがでしょうか。
社長:「来月、あなたはどんなことにチャレンジしてみたい?」
若手社員:「お客様により良い提案ができるよう、新しい技術を学んでみたいです」
社長:「素晴らしい!どんな技術?会社としてどう支援できる?」
このように、押し付けではなく、対話を通じて共に目標を創っていくことをお勧めします。
3. 「居がい」を育む職場環境
Z世代は「競争」よりも「協力」を、「個人成果」よりも「チーム成果」を重視する傾向があります。
実践案:製造業での取り組みを参考に
以下のような取り組みを検討してみてはいかがでしょうか。
• 週1回の「感謝の輪」:お互いの良いところを認め合う時間を設ける
• 月1回の「学び合い勉強会」:得意分野を教え合う機会を作る
• 四半期ごとの「チーム成果発表会」:個人ではなくチーム単位での成果を称える場を設ける
こうした取り組みを通じて、協力を重視するZ世代との良い関係が築けるのではないでしょうか。
4. 「評価能力」を高める学習機会
Z世代は情報収集能力が高い反面、「なぜこの仕事が社会に必要なのか」という深い理解が不足している場合があります。
実践案:物流会社での勉強会を参考に
定期的に以下のようなテーマで勉強会を開催してみることをお勧めします。
• 「私たちの仕事が社会インフラとしてどれだけ重要か」
• 「災害時に物流がいかに人々の命を支えるか」
• 「環境に配慮した物流の未来」
• 「デジタル化が進む中での物流の役割」
こうした学習を通じて、若者は自分の仕事への誇りと責任感を育んでいくのではないでしょうか。
5. 働き方の「効率性」を追求する
Z世代が「9時出社がつらい」と言うのは、必ずしも甘えではありません。彼らは「なぜこの時間に出社する必要があるのか」という合理的な理由を求めているのです。
考えるべき観点
• 本当にその業務は出社しないとできないのか?
• フレックスタイムや在宅勤務で対応できないか?
• 朝9時でなければならない明確な理由はあるか?
もちろん、業種によっては難しい場合もありますが、「なぜそうしなければならないのか」を丁寧に説明することで、Z世代も納得して働いてくれるようになります。
Z世代との対話で生まれる新しい働き甲斐
私たちがZ世代から学べることもたくさんあります。
Z世代が教えてくれること
①「当たり前」を疑う大切さ 「なぜ残業が美徳なのか?」「なぜ年功序列でなければならないのか?」
彼らの疑問は、時として私たちが見過ごしてきた不合理を浮き彫りにします。
②効率性の追求 限られた時間で最大の成果を出そうとする彼らの姿勢は、中小企業の生産性向上にとって大きなヒントになります。
③多様性への理解 一人ひとり異なる価値観を持っていることを前提とした彼らの考え方は、これからの組織運営に不可欠な視点です。
新しい働き甲斐の創造
Z世代との対話を通じて、私たちは新しい働き甲斐の形を創造していくことができるでしょう。
それは
• 日本古来の「傍を楽にする」という利他的な労働観を基盤としながら
• 個人の成長と会社の発展を両立させ
• 効率的で合理的な働き方を追求し
• 多様な価値観を認め合う職場を作っていく
そんな新しい働き甲斐のある職場づくりです。
まとめ:若者への問いかけ
最後に、現代を生きる私たちが若者にどう働き甲斐について問いかけていくべきかを考えてみましょう。
経営者から若者への5つの問いかけ
①「あなたの仕事は誰を幸せにしていますか?」日本古来の「働く=傍を楽にする」という意味を伝え、仕事の社会的意義を一緒に発見していく。
②「どんな自分になりたいですか?」 押し付けの目標ではなく、本人の内発的動機を引き出し、共に成長の道筋を描いていく。
③「この会社でどんな仲間と働きたいですか?」 競争ではなく協力を重視する彼らと、共感・応答関係に満ちた職場を一緒に作っていく。
④「なぜこの仕事が社会に必要だと思いますか?」 表面的な作業の説明ではなく、仕事の深い意味と価値を学び合う機会を提供する。
⑤「もっと良い働き方はないでしょうか?」 従来のやり方に固執するのではなく、彼らの合理的な疑問に耳を傾け、共に改善していく。
若者から経営者への問いかけ
同時に、若者からも私たちに問いかけてもらいましょう。
①「この会社は本当に社会の役に立っていますか?」 自社の存在意義を改めて見つめ直すきっかけに。
②「なぜその仕事のやり方でなければならないのですか?」 慣習や既得権益を見直し、真に価値のある仕事に集中するきっかけに。
③「私たちの成長を本気で支援してくれますか?」 短期的な利益ではなく、長期的な人材育成への投資を考え直すきっかけに。
④「多様な働き方を認めてもらえますか?」 画一的な管理から、個人の特性を活かす組織運営への転換のきっかけに。
⑤「一緒に会社の未来を考えさせてもらえますか?」 トップダウンの経営から、全員参加型の経営への進化のきっかけに。
働く意味を問い直す時代
二宮先生の「生きがいの構造」理論と、日本古来の労働観、そしてZ世代の価値観を重ね合わせて考えると、一つの結論が見えてきます。
働くということの本質は、時代を超えて変わらないのです。
それは
• 人の役に立つこと(行きがい)
• 仲間と共に歩むこと(居がい)
• 自分の仕事の価値を理解すること(評価能力)
この三つの源泉を大切にしながら、時代に合った新しい働き方を創造していく。そんな職場づくりこそが、Z世代との橋渡しになるのではないでしょうか。
私たち中小企業の経営者には、若者と対話を重ね、共に学び、共に成長していく責任があります。
世代の違いを乗り越え、共に働く意味を問い直していく。
それこそが、これからの時代に求められる経営の真髄なのかもしれません。
次回予告
次回は、「人間らしい働き方」として、動物と人間の根本的な違いから人間らしい働き方を探り、そして中小企業に必要な『共育』について書きたいと思います。
社員の皆さんが心から「この会社で働けて良かった」と感じられる経営を目指して、ぜひ次回もお読みください!
監修者

宮澤 博
税理士・行政書士
税理士法人共同会計社 代表社員税理士
行政書士法人リーガルイースト 代表社員行政書士
長野県出身。お客様のご相談に乗って36年余り。法人や個人を問わず、ご相談には親身に寄り添い、 お客様の人生の将来を見据えた最適な解決策をご提案してきました。長年積み重ねてきた経験とノウハウを活かした手法は、 他に類例のないものと他士業からも一目置くほど。皆様が安心して暮らせるようお役に立ちます。
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