第9回:計画する力が人を結びつける~「誰のために」を考えることが働きがいを生む~
目次
前回の振り返り:合目的性と合法則性
前回は、動物と人間の働き方の根本的な違いについて学びました。
人間には「合目的性」(目的に向かって自分をコントロールする力)と「合法則性」(自然や社会の法則に従いながら働く力)があり、そして仲間と「共育」することで人間らしい働き方が実現できることを確認しました。
今回は、その根底にある人間だけが持つ「計画能力」について、さらに深く掘り下げていきたいと思います。
当たり前のことを丁寧に分解して考える
二宮先生の著作の素晴らしさは、私たちが普段「当たり前」だと思っていることを、丁寧に分解して考えさせてくれる点にあります。
たとえば「働く」ということ。 たとえば「計画する」ということ。 たとえば「協力する」ということ。
これらは私たちが毎日当たり前のようにやっていることですが、「なぜそれができるのか?」「それは人間だけの特別な能力なのか?」と問われると、意外と答えられないものです。
二宮先生は、こうした当たり前のことの中に、実は人間らしさの本質が隠れていることを教えてくれます。
そして今回学ぶ「計画能力」こそが、人間が人間らしく働き、協力し合い、働きがいを感じることができる最も重要な能力なのです。
計画能力とは何か?
前回、人間には「未来を先取りする力」があることを学びました。この力こそが「計画能力」の源泉です。
計画能力の本質
計画能力とは、あらかじめ作業の課題や目的を頭の中に表象し、結果を精神的に先取りすることです。
【例:日曜大工で犬小屋を作る】
1. 完成形のイメージ:「こんな犬小屋を作りたい」と頭の中で描く
2. 材料の選定:「木材は何が必要か?釘は?」と考える
3. 作業の順序:「まず底板を作って、次に壁を立てて…」と手順を考える
4. 時間の見積もり:「午前中には完成するだろう」と予測する
このように、実際に手を動かす前に、頭の中で完成までの道筋を描くこと。これが計画能力です。
動物にはできない「計画」
前回学んだように、蜘蛛は見事な巣を作りますが、「今日はこんな巣を作ろう」と計画するわけではありません。蜜蜂も同じです。
人間だけが、まだ存在しないものを頭の中で思い描き、それを実現するための道筋を考えることができるのです。
計画能力が人を結びつける理由
ここからが、二宮先生の理論の核心部分です。
計画があるから協力できる
二宮先生は、重要な指摘をされています。
「計画能力が労働の担い手を他人に割り振ることを可能にする前提条件である」
少し難しい表現ですが、簡単に言うと「計画があるからこそ、人は協力して働くことができる」ということです。
赤ちゃんは協力できない理由
赤ちゃんを例に考えてみましょう。
隣にいる赤ちゃんに「あのおもちゃを取って」と頼んでも、協力してくれません。なぜでしょうか?
それは、赤ちゃんにはまだ計画能力が発達していないからです。「あのおもちゃを取る」という行為を頭の中で描き、それを実行する力がまだ育っていないのです。
「一・二の三」のかけ声の意味
二宮先生は、こんな興味深い例を挙げています。
「人間にだけ『一・二の三』のかけ声で行動を共にすることができる」
これは実に深い意味を持っています。
【運動会の綱引きを考えてみる】
「一・二の三!」のかけ声で、みんなが同時に綱を引く。
これができるのは
• みんなが「三」で引くという共通の目的を理解している
• 「一、二」のカウントダウンを計画として共有している
• タイミングを合わせて動くという協働を実現している
動物には、この「かけ声に合わせて一斉に動く」ということができません。それは将来の時間(「三」の瞬間)を共有して計画的に動くことができないからです。
動物は「デート」ができない
二宮先生は、面白い例も挙げています。
「動物には、たとえ雄雌間の愛の営みはできても、デートはできないし、待ち合わせもできない」
なぜなら、デートや待ち合わせには
• 未来の特定の時間を約束すること
• その時間を共有すること
• そこに向けて行動を計画すること
これらすべてに計画能力が必要だからです。
計画能力が分業と協業を発展させる
分業には詳細な計画が必要
二宮先生は、着物づくりの例で説明されています。
【一人で着物を縫う場合】
• 経験に頼ることができる
• さほど緻密な計画はいらない
• 自分のペースで進められる
【五人で着物を縫う場合】
• 完成形のイメージの共有が必要
• 寸法の詳細な計画書が必要
• 作業工程の分析と割り当てが必要
• 各部分の個別作業への分解が必要
つまり、共同で働くほど、より詳細な計画が必要になるのです。
「分ける」は「わかる」の前提
二宮先生は、こう指摘されています。
「『分ける』とは語源の示すとおり『わかる』の前提です」
計画能力とは
1. 全体の作業を部分に「分ける」こと
2. それを通じて「分かる」力を引き出すこと
3. 分析能力を発展させること
そして、この計画能力の発展と共同労働の発展には相互作用が働くのです。
心に響く実例:養護学校での箸の袋詰め
二宮先生が実際に見学された養護学校での出来事が、計画能力と協働の関係を見事に示しています。
箸の袋詰め作業
高等部の生徒たちが、お手もと(割箸)を紙袋に入れる作業をしていました。
作業の手順
1. 割箸の細い方を先にして紙袋に入れる
2. 袋の入り口を膨らませ気味にしておく
3. 箸を袋に挿入する
この作業、健常者には簡単ですが、重度のハンディを持つ子どもたちには案外難しいのです。
おませな女の子の発見
生徒たちは2~3人の小グループで作業を始めました。
あるグループに
• おしゃべり好きのおませな女の子
• 年下のダウン症の子
• もう一人の生徒
ダウン症の子の作業はなかなか進みません。最初、おませな女の子は叱りつけるように教えていましたが、しばらくして大きな声で言いました。
「あぁわかった、先生、こうすればいいねやわ!」
素晴らしい発見
彼女が発見したこと
「箸の袋詰めで一番難しいのは、紙袋の入り口を膨らませて箸を差し込みかける作業。だから、その作業までは私たちがやって、その後の箸の挿入作業はダウン症の子にまかせればうまくいく!」
作業を「分けた」から「わかった」
この女の子は
1. 箸の袋詰めという作業全体を観察
2. 作業を複数の工程に「分けた」
3. 各工程の難易度を「わかった」
4. 適切な役割分担を「計画した」
そして、この発見を実に嬉しそうに先生や仲間に説明し、その後、このグループの仕事は見事な出来ばえになりました。
教えることが学ぶこと
二宮先生は、この場面を見ながら、こう感じられました。
「なるほど、教えるということが同時に学ぶ過程でもあるというのは、こういうところにもあるのだなあ」
おませな女の子は、ダウン症の子に教えるという課題に直面して
• 作業を分析する力を身につけた
• 個々の作業の難易度を理解した
• 適切な計画を立てる力を発揮した
これこそが、前回学んだ「共育」の本質なのです。
「誰のために」を考えることの深い意味
ここで、二宮先生が特に大切にされている視点に目を向けたいと思います。
労働の目的を三つに分解する
二宮先生は、労働の目的設定を三つの視点から分析されています
1. 「何を」(What):何をつくるのか、何を達成するのか
2. 「どのようにして」(How):どんな方法で、どんな手段で
3. 「誰のために」(Whom):誰のために働くのか
この中で、特に見落とされがちで、しかし最も重要なのが「誰のために」という視点なのです。
「誰のために」が働きがいを左右する
同じ仕事でも、「誰のために」という意識によって、働きがいは大きく変わります。
【例1:親が子どものために料理する】
• 外的目的:子どもの成長のため(他人のため)
• 内的目的:子どもを育てたいという親の願い(自分のため)
• 結果:外的目的が内的目的に融け込んでいる → 疎外感なし
【例2:医師が患者のために治療する】
• 外的目的:患者の健康回復
• 内的目的:医師としての使命感
• 結果:両者が統一されている → 高い充実感
【例3:上司の命令だけで働く】
• 外的目的:上司の指示達成
• 内的目的:?(見えない)
• 結果:外的目的と内的目的が分離 → 疎外感
「誰のために」を意識することの大切さ
二宮先生が私たちに教えてくださっているのは、
「当たり前」だと思っている「誰のために」を、あえて意識して考えてみる
これが、実は働きがいを高める最も重要なポイントなのです。
「誰のために」と評価能力の関係
ここで、これまでの連載で学んできた「評価能力」との関係を考えてみましょう。
評価能力を思い出す
第5回・第6回で学んだ「評価能力」とは
• 自分の仕事の価値を深く理解する力
• その仕事の社会的意義を認識する力
• 学ぶことによって高まる能力
「誰のために」を学ぶことが評価能力を高める
実は、「誰のために働いているのか」を深く学ぶことは、そのまま評価能力を高めることにつながります。
【製造業での例】
表面的な理解: 「部品を作っている」
「誰のために」を学んだ後
• この部品は医療機器に使われる
• 医療機器は患者さんの命を救う
• つまり私は人の命を支える仕事をしている
→ 仕事の価値を深く理解(評価能力の向上)
→ 働きがいの大幅な向上
【清掃業での例】
表面的な理解: 「汚れを取る仕事」
「誰のために」を学んだ後
• オフィスで働く人の健康を守っている
• 感染症予防に貢献している
• 建物の資産価値を維持している
→ 仕事の価値を深く理解(評価能力の向上)
→ プロフェッショナルとしての誇り
学ぶことが生きがいを感じさせる
二宮先生の理論の核心がここにあります
1. 「誰のために」を意識的に考える ↓
2. 仕事の社会的意義を学ぶ ↓
3. 評価能力が高まる ↓
4. 働きがい・生きがいを感じる
つまり、学ぶことこそが、生きがいを感じさせる最も確実な道なのです。
中小企業で実践すべき「誰のために」の共有
では、中小企業でこの「誰のために」をどう実践していけばよいのでしょうか。
実践案1:「誰のために」を語り合う会議
月1回の「目的共有会議」を設けてはいかがでしょうか。
• 各部署・各人が「今月、誰のために何をしたか」を報告
• お客様からの感謝の声を共有
• 自分たちの仕事が誰の役に立ったかを確認
• 来月は「誰のために」どんなことをしたいかを話し合う
実践例:ある印刷会社の取り組み 毎月の会議で「今月のありがとう」という時間を設けています。
「○○様から『この印刷物のおかげでイベントが大成功でした』とお手紙をいただきました」 「△△病院から『患者様向けのパンフレット、とてもわかりやすいと好評です』と連絡がありました」
こうした共有を通じて、社員全員が「誰のために」を実感できるようにしています。
実践案2:お客様との直接対話の機会
年に数回、お客様と直接お話しする機会を設けてはいかがでしょうか。
【製造業の例】
• お客様の工場見学を企画
• 自社の部品がどう使われているか実際に見る
• お客様の担当者から直接話を聞く
• 「この部品があるから、こんな製品が作れます」という声を聞く
【サービス業の例】
• お客様感謝祭を開催
• お客様から直接「ありがとう」を聞く機会を作る
• 自分たちのサービスがどう役立っているか確認する
実践案3:「誰のために」の学習会
定期的に、自社の仕事の社会的意義を学ぶ勉強会を開催してはいかがでしょうか。
【物流会社の例】
• 「日本経済における物流の役割」を学ぶ
• 「災害時の物流の重要性」を理解する
• 「私たちは誰の生活を支えているか」を考える
【建設会社の例】
• 「建築物の社会的意義」を学ぶ
• 「安全な建物が人々の命を守る」ことを理解する
• 「地域社会への貢献」を確認する
実践案4:新入社員への「誰のために」教育
新入社員研修で、最初に「誰のために」を教えてはいかがでしょうか。
「この会社で、あなたは誰のために働くのか?」 「お客様、同僚、地域社会、そして自分自身のために」 「あなたの仕事は、必ず誰かの役に立っています」
この問いかけから始めることで、若い世代も仕事の意味を深く理解できるようになります。
「誰のために」を見失うとどうなるか
逆に、「誰のために」が見えなくなると、どんな問題が起きるでしょうか。
目的疎外の現代版
• 「自分の仕事が何の役に立っているかわからない」
• 「ただ上司に言われたからやっている」
• 「作業は完璧でも、達成感がない」
• 「会社に来る意味が見出せない」
これらはすべて、「誰のために」が見失われた状態です。
シモーヌ・ヴェーユの警告を再び
前回も紹介したヴェーユの言葉
「労働者は彼の生産している物を知らない。従って自分が生産したという感情を持たず、ただ虚しく自分を消耗したという感じを持っている」
これは「誰のために」「何のために」が見えない労働の悲惨さを表しています。
まとめ:計画能力と「誰のために」が働きがいを生む
今回学んだことを整理してみましょう。
人間だけが持つ計画能力
1. 未来を先取りする力:まだ存在しないものを頭に描ける
2. 協働を可能にする力:「一・二の三」で一緒に動ける
3. 分業を発展させる力:作業を分けて理解できる
「誰のために」を考えることの重要性
1. 当たり前を意識する:普段意識しない「誰のために」をあえて考える
2. 内的目的と外的目的の統一:他人のための仕事が自分の喜びになる
3. 評価能力の向上:学ぶことで仕事の価値を深く理解する
4. 働きがいの向上:学びが生きがいを生む
中小企業だからこそできること
• 経営者と社員の距離が近いからこそ、「誰のために」を共有しやすい
• お客様との距離が近いからこそ、直接感謝の声を聞きやすい
• 組織が小さいからこそ、一人ひとりの貢献が見えやすい
二宮先生が教えてくれること
二宮先生は、私たちが「当たり前」だと思っていることを、丁寧に分解して考えることの大切さを教えてくれます。
• なぜ人間は計画できるのか?
• なぜ人間は協力できるのか?
• なぜ「誰のために」を考えると働きがいが生まれるのか?
これらの「当たり前」の中に、実は人間らしい働き方の本質が隠れているのです。
そして、それらを学ぶことこそが、評価能力を高め、生きがい・働きがいを感じる最も確実な道なのです。
次回予告
次回は、「労働の疎外」について深く考えていきたいと思います。労働が無味乾燥なものとならないために、私たちは何を学ぶべきか。二宮先生の理論から、人間らしい働き方を守るための具体的な方策をお伝えします。
社員の皆さんが心から「この会社で働けて良かった」と感じられる経営を目指して、ぜひ次回もお読みください!
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